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SARP vol.12 『くちきかん』

ゲネ写真と備忘メモで振り返ります。

SARP vol.12『くちきかん』
【作・演出】工藤千夏
【出演】 松田諭人 青田夏海 氏原恭子 池瑞樹 伊藤快成 高橋なつみ 谷口継夏 橋本潤 鉢峯輝敏 竹葉香里 西原侑呂
2017年2月5日〜10日@ノトススタジオ
【主催】四国学院大学

<トークゲスト>
5日=黒瀬貴之(広島市立沼田高校演劇部顧問/中国高等学校演劇協議会理事)
6日=西村和宏(ノトススタジオ芸術監督)
7日=新谷政徳(高松桜井高校演劇同好会顧問)
8日=中桐康介(西日本放送アナウンサー)


四国学院大学 アーティスト・イン・レジデンス プログラム(通称SARP/サープ)とは、四国学院大学の身体表現と舞台芸術マネジメント・メジャーが主体となって制作する公演の名称です。毎回プロの演出家・振付家が大学内の宿泊施設に1ヶ月以上滞在し、学生キャスト・スタッフとともに一般観客の鑑賞に耐えうるレベルの高い舞台作品を創作し上演することを目指します。
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<戯曲と演出について>
 戯曲『くちきかん』では、劇作家、小説家、エッセイスト、名編集者、映画プロデューサー、政治家として多方面に才能を発揮したマルチクリエイターにしてメディア王の菊池寛の生き方や、戦時下・戦後の彼の発言を通して現代の日本を描こうと考えた。「センテンススプリング」に代表される現代のメディアが「くちきかん」氏を取材していくという枠組で、評伝劇ではなく、不条理テイストの現代劇として描く。

 主な役柄は、くちきかんサイドとメディアサイドの2陣営。くちきかんサイドは、くちきかん本人、愛人、妻、親友アクタガワ、親友ナオキ、友人クメ、マント事件当時の恋人サノ。くちきかん本人は、敗戦時に何を考えていたかのエッセイを読むクライマックスまで一言も口をきかない必要があるので、いろいろ説明することができる若いときのクチキくんも登場させる。
 くちきかんを取材するメディアサイドとして、現代の報道の姿勢に疑問を抱いているジャーナリストを一人設定。彼の職場の上司である編集長、彼の先輩記者はメディアのあり方に疑問を持たず、理想に燃えるが故にうまく取材できない彼を歯がゆく思っている。メインの役柄を演じていないシーンでは、全員がメディア側としてくちきかんを取材したり、糾弾したりする。

 また、最も重要なのは、登場人物に明記されていない「大衆」である。俳優たちが実際に大衆を演じるシーンは二つ。くちきかんの講演の一言一句に熱狂する徴収(その講演で語られる言葉は聴衆役の人々が発する)と、クライマックスで「くちきかん役を演じる学生・松田諭人」が敗戦時の菊池寛のエッセイを読み上げるくだりで、学生たちは「松田」の話を聞かずにカラオケに興じるシーンのみ。くちきかんが見据えている大衆、現代のメディアが常に意識している大衆は、この『くちきかん』という芝居を観ている観客が、自分もその一員だと感じてくだされば成功である。

 取材する側の「人間・くちきかん」に対する興味がストーリーをひっぱり、観客の興味の軸となる。くちきかんの人物設定、発言、エピソードはすべて資料にあたり、菊池寛本人のものを用いた。エピソードに事欠かない人物で、芝居に登場させることができなかった話もまだまだたくさんある。

 『くちきかん』は、四国学院大学でパフォーミングアーツを学ぶ学生たちと共に創る、2017年2月でなければ生まれない芝居を目指した。だから、一番流行っている(つまり、流行遅れになる運命を抱えている)音楽とダンスを躊躇することなく導入し、「ここはノトススタジオですが、それが何か?」と開き直ってパイプ椅子以外の舞台美術を排し、ノトススタジオのレンガの壁を強調した。演技者として発展途上の学生が演じるからというエクスキューズではなく、四国学院大学の学生が演じているというメタが重要だと考えて、自分の名前を名乗って菊池寛についてスピーチする(テキストは本人が書いたものではない)シーンを作った。そして、授業の一コマみたいな一見退屈なシーンから、くちきかん役の俳優が芝居が始まってから初めて口をきき、クライマックスの演説に持っていくという流れを作った。

 観終わったら、菊池寛と演劇がきっと好きになる。

 宣伝コピーにそう書いたけれど、お客さまより誰より、創り終わった私自身が、菊池寛と演劇がますます好きになった。菊池寛の実際のエピソードを置き換えて、二十歳前後のがむしゃらな俳優たちとシーンを作っていく作業は、本当に楽しかった。菊池寛が二十歳だった頃、何を考えていたのかに思いを巡らした。自分が二十歳の頃、何に夢中だったのか何にイライラしていたのか思い出した。芥川や直木のような文豪も、メディア王である菊池寛本人も、メディア王の周りの人々も、つまり、昔の人も今の大人も、誰もが二十歳の頃は若かったのだ。みんなキラキラしていた。今まさに二十歳の彼らみたいに。だから、この芝居自体もキラキラ輝いていなければならない。

 善通寺まで観に来てくださったお客様、サポートしてくださったアドバイザーの西山和宏氏、小島塁氏、カミイケタクヤ氏、このような機会をくださった四国学院大学、そして、一緒に芝居を創ってくれたキャストとスタッフに心から感謝します。

 舞台写真は、ゲネ時に四国学院大学のカロル・ドナルド教授が撮影してくださいました。ありがとうございました。
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0場。開場後開演前の時間。俳優はフリートークで『父帰る』の銅像の真似や、『父帰る』について知っていること、知らなかったことなど雑談。菊池寛をモチーフにした演劇世界へのゆるやかな導入。
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0場の最後はプロローグのダンスの立ち位置へ。ゆるやかに準備して、雑談の続きの泣きのポーズから、いきなり踊り始められるように。
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音楽とともに、いきなりキレッキレのキラッキラで、恋ダンス! 楽しい。踊っていて楽しいのがビンビン伝わるように。
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曲が終わる。くちきかんが一歩踏み出すと、いきなり取材陣に囲まれる。熱愛発覚。しかし、当然ながら、くちきかんはノーコメント。何もしゃべらない。
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取材陣は、愛人小夜子を見つけてインタビュー。小夜子という名は、菊池寛の愛人騒動時に菊池寛が中央公論社に寄せた抗議の手紙を、中央公論社が勝手に掲載した『僕と「小夜子」の関係』から。小夜子「事務所通してくださーい」
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取材陣は、さらにくちきかんの妻カネコの元へ。取材中のハチミネ記者は、カネコ夫人の神対応に感動。一方小夜子は独占手記を発表。今回は基本的に縦長に舞台を使うのだが、取材陣が取材対象を追いかけ回すこのシーンはノトススタジオを素舞台で使用する際の縦長感を堪能。
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編集部に戻って、人間の本質も社会もメディアも何もわかっていないとアオタ編集長とイケ先輩に説教されるハチミネ記者。上手、下手脇に座っている俳優たちも出版社で働く人々や、ハチミネ記者が説明するシーンの再現等を演じ続ける。
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くちきかんの徹底取材をとりつけたハチミネ記者は、その生い立ちから追おうと、若き日のくちきかんにインタビューを始める。若き日のくちきかんの登場は、あの音楽とともに「ヒロシです」。
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本質に迫ることのできないハチミネ記者はおろされ、代わりにイケ先輩記者が、一高時代の「マント事件」について取材を進める。このシーンで、時空のねじれを簡単に説明しつつ、芥川龍之介、直木三十五との友情にも触れる。いわば「くちきかん〜青春篇〜」である。「マント事件」は、菊池寛が友人サノの罪(別の学生のマントを勝手に質屋に入れる)を被って、卒業直前に学校を退学した事件。
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くちきかんの実家の経済状態が「マント事件」や人格形成全般に深く関わっているというハチミネ記者の仮説から、縁日のエピソードへ。冗談でとんでもなく安くねぎったら、その金額で売ると言われ、そのねぎった金額さえも持っていなかったという実話。次の幻想シーンにつながるよう、リアルな縁日ではなく、くちきかんが得意の英語を使う不思議な市場の風景。
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縁日で店主に追いかけられる若き日のくちきかんに追いかけられる、成人してからのくちきかん。成人してからもずっとトラウマに追いかけられるている悪夢のようなシーン。俳優たちは、自分のお金の使い方や貸し方に関わる菊池寛の実際のコメントを発する。稽古時にはこのシーンを「カフカ」と呼んでいた。
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悪夢から覚めたくちきかんの成功と幸福を描くシーン。マスコミが家族写真や、芥川や直木との座談会のためにくちき家を訪れ、くちきかん以外の人々の会話によって、撮影の中で業績やカネコ夫人とのなれそめが語られる。ラスト近くにも登場するくちきかんの長女、長男の子供時代でもある。
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くちきかんの成功を描くシーンその2。くちきかんの戦前の講演会。熱狂する聴衆役の俳優が菊池寛の講演のテキストを発する。講演内容は非常にリベラルである。
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講演会終わりの雑踏。ハチミネ記者は他の男と歩いている小夜子に偶然出会い、インタビューを申し込む。別れた男のどんなところを愛していたのかを質問され、イライラする小夜子。
小夜子「終わり。もういいよね。(今の恋人の方へ)おまたせ」
ハチミネ「人って、どうして、好きになった人を嫌いになるんでしょうね?」
小夜子「・・・」
ハチミネ「小夜子さん、愛ってなんですか?」
小夜子「あんた、ばか?」
ハチミネ「・・・」
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敗戦後のセンテンススプリング社解散とくちきかん引退の記者会見シーン。記者役の俳優は客席通路から挙手し、客席で立ち上がって質問をする。舞台側には、風邪で声の出ないくちきかん、くちきのコメント代弁する司会進行、センテンススプリング社社員(そのあと社名を引き継いでいく)として、アオタ編集長、イケ先輩記者、ハチミネ記者が俯いている。菊池寛の戦時中のエッセイを引用し、記者たちはくちきかんの戦争責任を追求する。
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ノーコメントを繰り返すくちき側の対応に怒って、客席から会見者たちの近くに押し寄せる記者たち。ハチミネ記者のセンテンススプリングへの不利な発言をきっかけに、素に戻ったように振る舞い始める。え、なんだったの? じゃ、座談会やろう的な雰囲気で、あたかも、この芝居のまとめのように、自分の学年と名前を名乗り、菊池寛について自分が知っているエピソード、感想などを話し始める。
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10名の学生が話し終え、最後にマイクが回ってきたのは、くちきかん役の松田。
松田「四国学院大学四年の松田諭人です。あのぅ、すみません、この芝居始まって、今、初めてしゃべったんで、ものすごい緊張してます。えーっと、タイトルロールっていうんですか? 主人公の名前が題名になってるやつ。ハリー・ポッター、みたいな?」
(他の人々、タイトルロールの作品名をいろいろ言う)
松田「クレヨンしんちゃんみたいな? 最初に台本渡されたとき、すげーって。くちきかんじゃん、俺って。で、なんか、なんですけど、ずーっとセリフなくて、あ、ま、くちきかんだから仕方ないのかなって、あ、みんなより楽なんですけど、はい。菊池寛には実際に「くちきかん」っていうあだ名があったそうで、勝負事で負けたり、気に入らないことがったりすると、くちをきかなかったそうです。あ、汽車に乗って、入れ歯をなくして、乗ってる間じゅうずーっとしゃべんなくて、降りるときに、靴の中に入れ歯があったっていうエピソードもあったりして。はい、そんな感じで。
「文藝春秋」は、一九四五年の終戦の年にも、一月号、二月号、三月号ってがんばって出してて、さすがに四月からは出せなくって、でも、なんと、十月二十四日発売の十月号からまた出してるんですね。で、菊池寛は毎号、編集後記みたいなエッセイを連載してて、あ、そのエッセイ、戦争に負けてすぐのエッセイ、読みます」
松田、菊池寛の「其心記」を朗読し始める。松田以外の人々は、最初は聞いているが、だんだん飽きて、こそこそとカラオケに行く相談をはじめ、松田を残してカラオケボックスに行く。部屋に入る、注文を確認して注文する、歌を入れる、歌う、騒ぐなどカラオケボックスで楽しむ様子をマイムで。
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<残念ながら、クライマックスのカラオケボックスの人々と、松田の朗読の部分の写真がありません>

そして、シーン14「カラオケの片付け」へ。

【SE】カラオケボックスの電話が鳴る
カラオケに興じる学生の一人、電話に出る。
「はい・・・(みんなに)延長する? (延長しないという反応を受けて)延長しないです。はい。はい」
電話を切る。
電話に出た人「終わりー。本日終了。はい、撤収ーっ」

カラオケボックスの人々、以下のセリフを言いながら、返事をしたり、しながら椅子を片付け、シーン15の体制へ。
ハチミネ「To be or not to be. That's the question.」
イケ「なに言ってんの?」
ハチミネ「生か、死か。それが問題だ」
イケ「今、関係ないでしょ、それ」
ハチミネ「クチキか、キクチか。それが問題だ」
アオタ「それ、問題じゃないから」
  (全員総ツッコミ。)
イトウ「じゃ、芸術か、生活か。それが問題だ」
タニグチ「ゲイか、女好きか。それが問題だ」
ハシモト「純文学か、大衆文学か。それが問題だ」
ウジハラ「右翼か、左翼か。それが問題だ」
タカハシ「愛か、金か。それが問題だ」
アオタ「合理主義者か、ケチか。それが問題だ」
タケバ「努力家か、遊び人か。それが問題だ」
ウジハラ「優しいのか、冷たいのか、それが問題だ」
ニシハラ「真面目か、不真面目か。それが問題だ」
ウジハラ「デモクラシーか、ファシズムか。それが問題だ」
イトウ「好きか、嫌いか。それが問題だ」
ハチミネ「協力か、抵抗か。それが問題だ」
アオタ「善か、悪か。それが問題だ」
タカハシ「両義的か、あいまいか。それが問題だ」
ハシモト「生か、死か。それが問題だ」
クチキ「To be or not to be. That's the question.」

【SE】教会の鐘の音(死のイメージ)

鐘の音で死亡フラグが立ったところで、くちきかんの臨終シーン。終戦後、公職追放に合った菊池寛が一度倒れ、自宅で全快祝いを開催中、本人はダンスをしていて倒れてそのまま亡くなったというエピソードを再現。
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菊池寛の死後に見つかった絶筆を、周りの俳優たちが語る。
私はさせる細分無くして文名を成し、一生を大過なく暮らしました。多幸だったと思います。死去に際し、知友及び多年の読者各位に厚く御礼を申します。ただ皇国の隆昌を祈るのみ。吉月吉日 くちきかん

全員、手で顔を覆い、激しく泣き始める。顔を覆うポーズがそのまま、ダンスの最初のポーズになっていく。
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エピローグです。全員が冒頭のようにキレッキレで「恋ダンス」を踊る! 中央で亡くなっていたくちきかんも、ゆっくり立ち上がって一緒に踊る!
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<キャスト>
クチキカン、他               松田諭人
若き日のクチキカン、マスコミ1、他     竹葉香里
クチキカンの愛人・小夜子、マスコミ3、他  氏原恭子
クチキカンの妻・カネコ、マスコミ5、他   高橋なつみ

アオタ編集長、マスコミ7、他        青田夏海
女性記者イケ先輩、マスコミ9、他      池瑞樹
男性記者ハチミネ、マスコミ10、他      鉢峯輝敏

クチキカンの友人クメ、マスコミ2、他    谷口継夏
クチキカンの友人アクタガワ、マスコミ4、他  橋本潤
クチキカンの友人サノ、マスコミ6、他     西原侑呂
クチキカンの友人ナオキ、マスコミ8、他    伊藤快成
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<宣伝美術 チラシ表面>
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<宣伝美術 チラシ裏面>
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<記念Tシャツ>
題字:金城七々海  イラスト:池瑞樹  コーディネイト:山地彩
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by nabegen-usagian | 2017-02-23 16:47 | THEATRE

劇作家・うさぎ庵主宰・渡辺源四郎商店ドラマターグ工藤千夏のブログです。


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