2017年の工藤千夏/うさぎ庵の芝居をふりかえります。渡辺源四郎商店Presentsうさぎ庵、渡辺源四郎商店公演、SARP(四国学院大学 アーティスト・イン・レジデンスプログラム)が混じっていますが、工藤千夏作・演出作品ということでご理解ください。コーラに始まり、コーラに終わった一年と言えましょう。というか、コーラの初演は2017年のお正月だったのですね。驚きです。
 他に、ドラマターグとして
1月 おきなわ芸術文化の箱主催『いっとーばい ~逃げた知事 泉守紀(いずみ しゅき)~ 』
5月 渡辺源四郎商店第27回公演『鰤がどーん!』
9月 朗読と映像でつづる野外劇『煉瓦倉庫ものがたり』
8月 中高生がふるさとを知る、演じる、考える演劇公演『青森市ものがたり2~わたしがねぶたをハネるまで~』
に関わりました。


2016.11.13~20日 渡辺源四郎商店しんまち本店2階稽古場(青森)
2016.12.30~ 2017.1.2こまばアゴラ劇場(東京)
2017.1.8~9津・あけぼの座(三重)
渡辺源四郎商店第26回公演
『コーラないんですけど』

12月31日のスペシャルゲスト:土田峰人
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2017年1月1日のスペシャルゲスト:志賀廣太郎(青年団)
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 1月2日のスペシャルゲスト:各務立基
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続いて、三重県津市の津あけぼの座へ。
1月9日のスペシャルゲスト:近藤強(青年団)
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2017.2.5〜10 四国学院大学ノトススタジオ(香川)
SARPvol.12
『くちきかん』

SARP(四国学院大学アーティスト・イン・レジデンスプログラム)で、学生と滞在制作。SARP初の書き下ろし作品でした。香川といえば、菊池寛!この写真からは想像できませんが、主人公のくちきかんは菊池寛がモデル。うさぎ庵流の評伝劇です。
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菊池寛戯曲リーディング
『藤十郎の恋』
『屋上の狂人』
『真似』
『時勢は移る』
『海の勇者』
『父帰る』

せっかくの菊池寛企画なので、日替で6作日をリーディング上演。『くちきかん』と合わせて7作品の稽古は大変でしたが、おかげで、『くちきかん』キャスト以外の学生たちともクリエイションをすることができました。

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2017.6.16〜18 ゆうど(目白)
てんらんかい〜天明留理子 講談〜ひとり芝居〜
『永い接吻』

うさぎ庵に多数出演の天明留理子(青年団)が一人芝居と講談の上演をしたいということで、書き下ろしと演出。古民家を借景。天明留理子の大人の女の魅力をじっくり堪能していただきました。
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2017.7,16ー17 渡辺源四郎商店しんまち本店2階稽古場(青森)
てんらんかい&渡辺源四郎商店Presentsうさぎ庵Vol.14
『永い接吻』

ツアーにも回りたいと思い、第一弾は、もちろん、なべげんの稽古場です。借景の古民家からブラックボックスへ。イメージの広げ方が違うことが、作り手としても面白く。2018年以降も、どんどんいろいろな場所に伺って上演したいと考えています。
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2017.10,8ー9 せんだい演劇工房10-BOX(宮城)
せんだい卸町アートマルシェ2017
仙台市市民文化事業団設立30周年記念事業
『コーラないんですけど』

1月のコーラ、早くも再演です。ありがたい。
渡辺源四郎商店の佐藤宏之と、スペシャルゲスト:白鳥英一(鳥屋)の二人が日替わり出演。せんだい卸町アートマルシェ2017でのたくさんの新しい出会いは宝物です。
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2017.10.13 青森県立青森南高等学校体育館(青森)
青森県立青森南高等学校芸術鑑賞教室
『コーラないんですけど』

なべげんとしても、とても久しぶりの学校公演。体育館で700名もの高校生が息をつめて観てくださっている姿、こちらが緊張、そして感動の体験でした。
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コーラに始まり、コーラに終わった2017年。ありがとうございました。
2018年も、うさぎ庵&なべげん、どうぞ、よろしくお願い申し上げます。
うさぎ庵 工藤千夏
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# by nabegen-usagian | 2017-12-31 12:42
第41回全国高等学校総合文化祭/

第63回全国高等学校演劇大会

みやぎ総文2017 演劇
8月1日〜3日@仙台銀行ホール イズミティ21
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 2005年八戸大会から8月頭は全国大会だから12年目。2007年の島根に伺えなかったのは悔恨。 さて、今年も仙台で12本の高校演劇作品を観劇した。備忘のため感想を記す。昨年の広島大会のときも書いたが、今大会の審査員ではないのでこれらは講評ではない。いわゆる劇評でもない。演劇部のみなさん、顧問の先生、関わった高校演劇関係者に伝えたいメッセージを含んだ感想文である。
 ここで上演した12校は、ここで上演できなかった全国の演劇部の代表である。それぞれがそれぞれの作品を作って観せてくださったことへの感謝、全国大会という場で上演できたことへのお祝い、そして、これからも演劇を好きでいて欲しいという願いを込めて、私もじっくり12本に向き合ったつもりである。おつかれさまでした。それぞれに色も思いも違う、すばらしい作品を観劇できて幸せでした。
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●上演1 
千葉県立八千代高等学校「煙が目にしみる」作:堤泰之

 ほのぼのと暖かい気持ちになる。同年代の、それも10代の俳優しかいない高校演劇の世界で、家族の死をほのぼのと描くというのは、実は難易度の高い作業である。おばあちゃんやお父さんやお母さんを演じるとき、どう老けようかではなく、その人物がどんなキャラクターなのかに重きを置いて演じたのがよかった。中年のおやじらしさは、中年の俳優にはかなわない。年齢のリアリティよりも、その役柄の、キャラクターのらしさが魅力的であった。そして、それは脚本の理解であり、戯曲に書かれている世界を観客にしっかりと提示することでもある。


●上演2
埼玉県立秩父農工科学高等学校『流星ピリオド』作:コイケユタカ

 難しい芝居である。バーチャルで見えているように思えることは、現実世界で見えていることとは違う。だが、芝居としては、見えていることが芝居上のリアルであり、どう見せるかが演出である。SNSのリアルとは何か? 演劇のリアルとは何か? 高校生のリアルとは何か? たくさん投げかけられて、たくさん考え続けていた。が、『流星ピリオド』という美しいタイトルと、衝撃的なラストシーンで、プツっと電源を切られるようにカットアウトされてしまった。ピリオドなのか、そうか、ピリオドなのだ。答えはまだ得ていない。私は見事に術中にはまり、SNSの蜘蛛の巣の中にとらわれている。

追記
ラインをやる、やらないでこの芝居の理解度が変わるのかどうか、とても興味がある。私は、一応、ラインやります。一応、のレベルですね。できないことの方が多いし、メールよりラインが怖いです。でも、メールしない人は電話よりメールが怖かったろうし、電話ができたばかりの時代の人は、手紙より電話は怖かったろうし・・・。



●上演3
徳島市立高等学校「どうしても縦の蝶々結び」作:林彩音・村端賢志

 高校生気分が抜けていないと劇中で怒られる高橋は、この春に卒業した学校事務の臨時職員。現役高校生ではない。舞台として設定されているのは、教室でも部室でも職員室でもなく、事務室。回想シーンをのぞけば、大人ばかりが会話している。敢えて「高校っぽくない」アイテムを並べて、しかし、そこに「高校生活」や「高校時代の夢」や「高校生だったときの感情」を浮かび上がらせるその手腕は恐ろしいほど巧みだ。
 自分がなぜ学校事務職員という現在の職業についたのか、事務室にいる三人の先輩が決して語らないこともまたすばらしい。観客は、三人の人生を押し付けられるのではなく、ただ感じる。三人もまた高校生だった時代があったことを想像する。もはや高校生ではない観客の一人である私は、かつて自分が高校生だった頃、どんな夢を抱いていたのか、どんな理由で挫折したのか、そういうことを考えなくなっている自分と対峙する。今、高校生である観客には、高校生という身分が夢見ることを許されている幸福な時代であると、ポンと提示される。その幸福を享受できる時間に限りがあることも、享受できない環境にある人間が存在することも、決して押しつけがましく主張しない。
 ある圧倒的な美意識に貫かれた緻密な作品である。そして、私はその美意識に魅了された。たとえば、タイトル。「どうしても縦結び」ではなく、「どうしても縦の蝶々結び」であること。このタイトルに飛んでいる蝶々の存在意義は計り知れない。

追記
私が観劇した下手後方は、ちょうどキッチン隠しの衝立と一直線の位置だった。下手側の扉を開いて引き戸の奥での演技したシーンは、俳優が見えなかった。丹念にリアリティを追求したすばらしいセットだっただけに残念。


●上演4
宮城県名取北高等学校「ストレンジスノウ」作:安保健

 お礼を申し上げなければならないと勝手に感じている。表現の中で最も辛い部分、最もしんどい部分を黙って担ってくださっている。震災を描くときに、作り手の精神的負担がもう少し軽い道もあるだろう。だが、安保先生と名取北演劇部は、常に一番辛い道を、一番大きくて重い荷物を運びながら先頭を切って進んでくださる。仙台大会の開催県代表という立場で、津波で大切な人を亡くし、それでも生きていかなければならない人々とその終わらない悲しみから目をそらすことなく、悲しみに寄り添い、いや、寄り添うどころか、悲しみに取り込まれるほどのめり込んで、直球で表現してくださった。口当たりのいい芝居だけが、演劇ではない。楽しい芝居だけが、高校演劇ではない。時には重い石を持ち上げ、必死に投げる必要だってあるのだ。ありがとうございました。


●上演5
茨城県立日立第一高等学校『白紙提出』作:磯前千春
 
 実に魅力的な登場人物たち。オープニングのダンスの上手さがまた、観客をがっちり掴む。話が進むにつれてわかる全員のバレエの素養、これは、ナチュラルな会話や笑いをとる動きの間の良さにつながっているのかも。主人公・紘生の男友達・結人を演じていたのが女子部員であることも、あとでパンフレットを確認するまで気づかないほど、素晴らしいナチュラルさ。他の俳優たちのキャラも面白い。いいカードが揃っている。だからこそ、キーワードのように繰り返される「気持ち悪っ!」が気になる。女装が好きというのは気持ち悪いことなのか? 男子は女子を、女子は男子を好きじゃないと普通じゃないのか? 紘生がそれに悩むという設定で始めたとしても、多様な価値感をぶつけていくことでコメディがもっと面白くなり、芝居が深くなるのではないのか?
 「女装って「気持ち悪っ!」なの?」という初期段階でつまずいた私は、紘生の悩みが何なのかよくわからなかった。自分のピークが中学校の文化祭で来てしまって、そのあとアイデンティティを見つけられない話なのか? あれだけ踊りがうまくて、踊りで賞賛されたなら、女装云々より、踊りを続けていないということの方が大きな問題なのではないのか? 両親をトランスジェンダーで描く(単に三役を一人で演じるということの結果?)なら、紘生の悩みは芝居の中でそことつながらなくていいのか? ああいうご両親なら悩む必要ないのではないかと思ってしまったり。
 劇中、スカートではなく、ジーパン姿で踊る紘生が本当にカッコよかったのである。いきなりニジンスキーかよ! みたいな。別に小難しいジェンダー論を展開して欲しいと思っている訳ではない。もっと自由に考えて欲しかったのである。全員が生き生き踊る姿をもっと観たかったのである。狭い常識にとらわれて「気持ち悪っ!」と思考を停止していしまうことこそ、「気持ち悪っ!」と思う。演劇はとことん自由であって欲しい。



●上演6
沖縄県立向陽高等学校「HANABI」作:竜史「文化祭大作戦」より潤色:吉澤信吾

 『ロミオとジュリエット』の無限の可能性について、強く考えさせられた。そう、問題はロミジュリ。
 ここで描かれる高校生の日常生活はキラキラしている。溌剌としている。体制なんかに屈しない、大人のいうことなんか聞かないあの前半のパワーを、劇中劇『ロミジュリ』で倍増させて欲しかった。シェイクスピアをジャンピングボードに、もっともっと爆発して欲しかった。シェイクスピアは江戸時代バージョンごときで動じない。坪内逍遥訳だってあるし、前例のない演出なんかないくらいたくさんの人々が様々な演出を試みている。ラストシーンを悲劇的に描くか喜劇的にするかもたいした問題ではない。「ある程度」でまとめるのではなく、どうしてたら「この程度」を越えていけるか、とことんやって欲しいのだ。失速せずに、どこまでも!


●上演7
明誠学院高等学校(岡山)「警備員 林安男の夏」作:螺子頭斬蔵

 世代を越えた二人の男子の友情物語として観ると、すっと入って来る。友情なんて一言もいっていないけれど、孤独な二人のコミュニケーションが成立していく様はうれしくなる。
 55歳男性・林安男(妻と娘がいる)の物語として設定どおりに考えるなら、地縛霊を林安男のドッペルゲンガーとして描けないかと、妄想しながら観劇した。もっと他の描き方があるのでは?とか、もっと演出をこうしたいとか、表現欲を刺激する不思議な作品である。

追記
季刊高校演劇に掲載されている舞台写真がとてつもなく魅力的。ブロック大会まで写真のようなシンプルな舞台美術だったのだろうか? 以前の美術で拝見したかった。


●上演8
福島県立相馬農業高等学校飯館校『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』作:矢野青史

 東北大会に続いて二度目の観劇。最初に拝見したときよりも腑に落ちた。ズドンと来た。最初に作品の弱さだと感じたことが、こうでなくてはならない無骨な力強さだとわかった。創り手たちは「理不尽な現実」に怒っているのだ。アピールしたいメッセージなどない。だから、声高に叫ぶことなく、静かに怒り続けているのだ。だって、理不尽だから。あまりに理不尽だから。
 登場人物であるハルカ、サトル、ユキは、サテライト校が元の村に帰還することにより転校せざるを得ない。でも、彼らは「サテライト校の帰還」に怒っているのではない。そもそも、サテライト校が生まれなければならない状況が理不尽なのだ。中学までの自分をリセットするために頑張ってきた場所が、いきなり奪われるという理不尽は、生まれ育ったふるさとにいきなり住めなくなるという理不尽と同根だ。このまま続くはずだった生活が、自分と関係のない理由で終了してしまう理不尽さの前に、彼らは、いや我々は、あまりに無力なのである。
 観客と、この静かな怒りを共有するーその目的を達成するために、『-サテライト仮想劇-いつか、その日に、』はとにかくシンプルに、力強い表現を追求する。「拙い」と誤解されることを恐れずに、まっすぐな表現だけを丹念に選んでいる。だからこそ、ユキが笛で吹くゆがんだ「ふるさと」の音色とともに、セリフのひとつひとつが観客にしっかり届く。
 幕が降りるとき、この芝居がドキュメンタリーではなく「仮想劇」であることに一瞬ほっとし、しかし、すぐに、他のサテライト校のことを、飯館校の未来を、この世のすべてのどうすることもできない理不尽を思った。

追記
1、東北大会上演時、四つのライトで区切られたエリアは客席に正対していたと記憶する。全国大会では、少し上手奥に振っていて、その変更によるミザンス、俳優のやりとりの変化が大正解だったと思う。
2、東北大会のときは、他の地域の人たちに、福島の変わらない現実を知って欲しいと思った。知ってもらうために上演を続けて欲しい作品だと考えた。全国大会を拝見して、それはもちろんだが、仮想劇だからこそ、福島以外の学校で上演が可能であり、演出もどんどん変えて全国各地で上演したら良いのにとも思った。



●上演9
兵庫県立東播磨高等学校『アルプススタンドのはしの方』作:籔博晶
 
 四人芝居である。だが、青春群像劇だ! 舞台上にいる四人以外の、登場しない登場人物の姿形がその表情まで見えてくる!! 熱い青春とかちょっと勘弁な感じの四人が、野球の応援をしながらおしゃべりしているだけなのに、それがしっかり青春ドラマになっている!!! 「青春っぽさ」を揶揄しながら、最終的に青春を肯定する若さが眩しい!!!! 感想を書くときにも、思わず、エクスクラメーションマークなんかつけたくなるような芝居なのである!!!!!!
 会話の面白さもさることながら、たった四人で甲子園球場の野球観戦を描いてしまうダイナミックさと、不在の人物を描くための情報をいつどんなふうに出していくかの筆致の緻密さが、実に魅力的に混じり合っている。挫折と友情とチャレンジの話なのに、ちっともクサくない。高校演劇と高校野球のカップリングは、もうやり尽くしてしまったかと思いきや、こんなチャーミングな作品が生まれるとは。うれしい驚きである。
 観終わったときに、四人を、登場しない人物も含めて、登場人物全員を好きになっていた。この夏の出会い。作品とも!彼らとも!



●上演10
岐阜県立加納高等学校「彼の子、朝を知る。」作:白梅かのこ

 戦争の気配を常に感じさせるイメージ連鎖の不条理劇、だと思った。わかりやすさに逃げず、表現したいイメージにとことんこだわっている姿勢に打たれる、とか、思った。ところが、脚本を読んでだら、わかりにくいところはちっともなくて、逆にびっくりした。イメージがすっきりまっすぐ伝わってくる、魅力的なテキスト。のびのびとしている。実に自由だ。舞台よりテキストの方が自由な印象なのは、なぜだろう? 舞台美術のチョイス、中央にどーんと置かれた櫓の圧迫感のせいだろうか? セリフのスピード? もっと軽やかに演出したら、この戯曲はもっともっと伝わるるのではないだろうか。「#7 私たちは、つながっている、」は、この作品の白眉。
 「戦争は遠いのか? 否。」その強いメッセージを直球で投げることなく、イメージの断片を積み重ねて、観客の心の中にひたひたと沈殿させていくような作品。出会うことができてよかった。




●上演11
北海道北見緑陵高等学校『学校でなにやってんの』作:北見緑陵高校演劇部

 最初にごめんなさい。まさかの3分遅刻で、ロビーのモニターで観劇しました。だから、会場でドッカンドッカン受けている様子をモニターで見つつ、その空気に一緒に包まれることができなかったのです。悔しすぎる。まさに「全国大会でなにやってんの」です。本当にごめんなさい。だから、この感想文は、モニター観劇と、あとで戯曲を拝読してものです。

 主人公である放送部部長・山田の魅力が圧倒的。ひたむきさと前向きさ、そして、時に明るすぎるテンションに寂しさが見え隠れする。疾風怒濤の転換が楽しみで、どんどんやれやれ、もっとやれと応援したくなる。
 さて、山田が最後一人になってもう一度編集に取り組むところ。「みんなでやる」「一緒にやる」ってなんだろうって、私自身もずっと考えていた。インタビュアーであって、本音を語っていない山田の本音はこの芝居でどんな風に語られるのか? そこが見たかった。彼女が一人になってから、どんな声と共演するのか、そして、彼女は兄を語るのか? 後半10分、妄想が膨らんで・・・モニター観劇だからか。ごめんなさい。



●上演12
埼玉県立新座柳瀬高等学校『Love&Chance!』原作:ピエール・ド・マリヴォー 翻案:稲葉智己

 まさか、マリヴォーの『愛と偶然の戯れ』を全国大会で観られるとは。うれしい驚きである。古典に取り組む演劇部は本当に少なく、それが全国大会まで進むというのもすごい確率だろう。演劇の幅広さを享受することができて、観客はラッキーである。
 評価すべきは、単に古典に取り組んだということではなく、新座柳瀬高校演劇部流のラブコメとして、他校とは一線を画すひとつのジャンルをしっかり創り上げていることである。宝塚的な背筋の伸びたかわいらしさ、アニメ世界の現代的なわかりやすさはひとつの個性である。もともとマリヴォーの描く女性が現代的である点も寄与しているが、メイン4人の恋人たちが全員女性というキャスティングのせいだろうか? ゆるやかなフェミニズムがベースに感じられて、古典の人物描写でときおり感じる違和感がないのも良い。違う演目を演じたら、その世界もきっちり魅せてくれるのだろうと思わせる演劇的実力を十分に感じさせてくれた。

追記
生徒講評委員会に、衣装を着た部員がやってきて、急遽、写真撮影会となったのを偶然観た。大人気! わかる!





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# by nabegen-usagian | 2017-09-01 22:05 | THEATRE

一人芝居を書く

 これまで3本の一人芝居を書いている。潤色・演出作品も入れると4本。
『わたしの弔辞』(高校演劇用脚本)
『Noodles』(出演:近藤強)
『永い接吻』(出演:天明留理子)
『ひろさきのあゆみ〜一人芝居版』(作:柴幸男、潤色:畑澤聖悟、一人芝居版構成・演出:工藤千夏)

 一人芝居で演じる俳優は、舞台の上で孤独である。本来であれば、出演者総力をあげて虚構を作り上げ、観客と共有するところ、照明や音響のフォローはあっても、孤軍奮闘しなければならない。でも、その舞台に、確かに、そこにいないはずの相手役が見えてくるのだ。しっかりと。不在の存在感。一人芝はそこが難しくて、面白い。


東青・下北地区高等学校演劇合同発表会
2011年9月@青森明の星高等学校 明の星ホール(青森)
 『わたしの弔辞』はコンクールに一人しか出演できないという事情を考慮して、女子部員が一人で観客(弔問客)に語るという設定。地区大会で一度だけ上演されて、写真もないので、ほぼ幻の作品。



『ひろさきのあゆみ〜一人芝居版』
出演:音喜多咲子 
※青森公演は音喜多咲子と工藤由佳子出演の2バージョン、東京公演@ザ・スズナリでは工藤由佳子出演
作:柴幸男、潤色:畑澤聖悟、一人芝居版構成・演出:工藤千夏
2013年4月@アトリエ・グリーンパーク(青盛)
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 『ひろさきのあゆみ〜一人芝居版』は、渡辺源四郎商店の「オトナの高校演劇祭」という企画で、多田淳之介が演出する『修学旅行~TJ-REMIX Ver.』(作:畑澤聖悟)と、『河童~はたらく女の人編』(畑澤聖悟本人が高校演劇版をオトナの俳優が演じるために改変)との三本立ての一本。
 柴幸男作・演出の『あゆみ』は、基本的に多人数の俳優が役柄を固定しないでいくつもの役を演じるというのがミソ。そこを敢えて、一人で全部やるという逆転の発想。戯曲にフォーカスする上でなかなかいい企画だと思うのだが、おそらく私が演出した作品の中で一番賛否両論が多かったように思う。俳優たちが上手から下手にスクロールで歩かなければ『あゆみ』の良さは出ない、という意見を頂戴した。『あゆみ』という戯曲のすばらしさは多人数で演じるという部分ではないと思うのだが。


『Noodles』
出演:近藤強(青年団)
作・演出:工藤千夏
2014年5月@ザ・スズナリ(東京)
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 『Noodles』は、英語が堪能な俳優・近藤強さんに宛て書きで、英語の話せない日本人と、日本語の話せないアメリカ人の間に立っている主人公が、ずっと通訳をしている一人芝居。ニューヨークが舞台なのに、落語が重要なモチーフ。英語と落語の組み合わせ、なかなかオツである。ちなみに、マンハッタンのチャイナタウンとリトルイタリーのせめぎ合う地区に日本人が蕎麦屋を作ろうとする話。

 
『永い接吻』
出演:天明留理子(青年団)
作・演出:工藤千夏
2017年6月@ゆうど(東京)
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 作・演出のこだわりとしては、本人の音声録音による出演をせず、とにかく、その場で全部やりきるということ。「てんらんかい」というユニットを立ち上げた天明留理子(青年団)が、長年取り組んでいる講談と二本立てで公演を打つというので、打ち合わせをしているうちに、このひとり芝居にも講談を取り込んでいくことにした。そうしているうちに、「講談」がものすごく重要なモチーフとなった。これも宛て書きである。
 とにかくミニマムに作った、俳優の天明留理子が一人行けば(私も行きたいけれど、行くけれど)、どこでもできる、天明留理子神出鬼没ツアーを長くやれたらいいと思っている。とりあえず、100回公演が目標。
 写真は「てんらんかい」のとき。目白のゆうどという古民家ギャラリーで、借景芝居のように作った。7月16日、17日の青森公演ではブラックボックスの舞台で行う。ますます孤軍奮闘度が高まるが、観客はどこにでも、どこまででも飛んでいけると信じている。

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# by nabegen-usagian | 2017-07-01 16:39 | THEATRE
 あまりに突然の訃報に、しばらくリアクションできませんでした。劇団員に伝えることも、弔電を打つことも、信じたくない、信じがたい事実を認めてしまうことが怖くて動きたくなかったのです。彼女の笑顔を思い浮かべました。彼女と話したあれこれを思い出しました。一度、二人でじっくり飲んで話したせいでしょうか? 仕事仲間というより、年の少し離れた親しい友人のように思っていました。同じ時期にNYにいたわけではないのに、あの街で何を感じ、何を抱えて日本に帰国したか、これからどう創っていくのか、うんうん、わかるわかると頷き合いました。
 遺された者にできるのは、その人について語り続けること。そして、共に創り続けること。私がお願いしたイカラシさんの仕事は「イカラシチエ子の世界」のほんの一部に過ぎませんが、彼女が生きて、創った証を記しておきたいと思います。心よりご冥福をお祈りします。

*    *    *

 イカラシさんとは、舞台美術家の山下昇平さんの紹介で知り合いました。そのときには直接お目にかかっていないのですが、2007年の青年団リンクうさぎ庵Vol.5『チチキトク サクラサク』(作・演出:工藤千夏)で、小道具や劇中で着替えする衣装を入れる自立する皮製の袋を作って頂いたのが最初の仕事です。俳優が全く退場せずに、道をイメージする舞台空間を囲んで座っています。その椅子の脇に、目立たないように、でも、シンプルな空間にあって美術としてきちんと機能する、蓋はないが近い客席から中は見えない、くたっとならずに自立するという難しい注文をクリア。写真左手前に一つありますが、目立たないというオーダーどおり、この明かりの写真だと全く見えませんね。
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2007年 うさぎ庵『チチキトク サクラサク』ゲネ写真 撮影:田中流



 時間は飛んで、2012年5月、渡辺源四郎商店第14回公演『翔べ!原子力ロボむつ』(作・演出:畑澤聖悟)のとき、作品に登場する双子のロボットの衣装の相談をしました。これは私の最初のスケッチ。イメージはロバート・ウィルソン世界のAラインです。
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 すでに稽古に参加していた舞台美術の山下昇平さんが、なべげんの稽古場で、劇団でストックしていたカーテンをザクザク切ってざっくり稽古用の見本を作ってくださいました。立つ(上の写真)、座る(下の写真)、こんな感じです。
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 これをヘッドドレスも含め、実際に創ってくださったのがイカラシチエ子さんです。厚手のウールの素材選び、袖のデザイン、裾の輪っかを入れて動いたときのドレイプなど、細かなところまで行き届いた作品です。着心地はもちろん、舞台で俳優が衣装として着用してどう見えるかということを、当然ながらきちんと考慮し、芝居に寄与してくださいました。
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2012年 渡辺源四郎商店『翔べ!原子力ロボむつ』 撮影:山下昇平


 フェスティバル/トーキョー14 渡辺源四郎商店『さらば!原子力ロボむつ ~愛・戦士編~』(作・演出:畑澤聖悟)では、ロボット衣装黒バージョン追加の他、ベースになる各人のジャージに合わせてプラスする、リンゴ王国/イカ帝国の人々の衣装も創って頂きました。
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F/T14 渡辺源四郎商店『さらば!原子力ロボむつ ~愛・戦士編~』撮影:松本和幸
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F/T14 渡辺源四郎商店『さらば!原子力ロボむつ ~愛・戦士編~』撮影:松本和幸


 さて、こちらは、2014年3月初演の津軽ふるさと創成劇『鬼と民次郎』(作・演出:畑澤聖悟)のために、イカラシさんがデザインしてくださった衣装です。青森県鬼沢の鬼伝説と義人・藤田民次郎(1792〜1814年)の生涯を組み合わせた物語で、ある種の時代劇なのですが、リアルな農村のイメージではなく、鬼沢獅子踊りとマッチする様式美の世界を追求しました。
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写真:特定非営利活動法人あおもりふるさと再生機構

 プロトタイプとして、まず、以下の上下を送ってくださいました。
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 さらに、それを歴史と伝説の里「鬼沢の会」や市民劇参加のキャスト・スタッフのみなさんが縫いやすいよう、プランを修正してくださいました。上着の丈をもっと長くして、役柄を変えられるようフードを付けるデザインに変更提案してくださいました。
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 自得地区環境保全会 (青森県弘前市)は、『鬼と民次郎』の上演を含む様々な取り組みで、歴史と伝説を地域ぐるみで継承して発展し続けるむらづくりが評価され、平成26年度天皇杯むらづくり部門を受賞しました。初演のあとも、貴田千代世氏の演出で、同じ衣装や美術が引き継がれ、鬼沢地区の新しい伝承芸能として再演が重ねられています。

*   *   *

 最後のこの写真。2013年9月、四谷のCROSSROAD GALLERYで開催されたイカラシチエ子 展「ここ」にて。小さな空間のために作られたインスタレーションの中に、イカラシさんにも入ってもらって撮影したものですウエディングな短編戯曲のリーディングが似合いそう、一本書きたい、というようなお話もしました。ミシン一台抱えて、青森のアトリエに来ていただき、稽古を見ながらガンガン衣装を縫っていくジャズセッションみたいな作り方も面白いね、っていうようなお話もしました。これから、まだまだいろんな創作をご一緒するはずでした。こうしてお願いしたお仕事を振り返ってみると、全然やり足りない、もっともっといろいろな芝居でご一緒できるはずだったのに。悲しみとともに、怒りにも似た感情が襲ってきます。こんな訃報、きっと、なにかたちの悪い冗談です。なにかの間違いなのです。あなたは新潟にいて、なかなか会えないけれど、ソーイング・アーティストとして素敵な作品を作り続けているのです。私は、これから先も、芝居の衣装を考えるとき、イカラシさんにお願いして創って送ってもらおう、と、性懲りも無く言い続けることでしょう。イカラシさん、連絡してもいいですよね? 
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 イカラシさんが、東京から新潟に居を移してから取り組んでいた仕事は、舞台衣装に止まらず、布と裁縫の技術を用いたアートに近づいていました。私自身の気持ちに整理をつけるために、彼女と一緒にした仕事を振り返っていたら、ソーイング・アーティストということばを思いつきました。「ソーイング・アーティスト イカラシチエ子の世界」、読んでくださってありがとうございました。

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# by nabegen-usagian | 2017-04-17 08:45 | OTHERS
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 第9回となるこの高校演劇山梨オープン小劇場祭、これまでタイミングが合わず、実は伺うのは初めて。『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』のマナちゃんこと那須愛美さんが聞き手という、なんとも豪華な幕間トークをさせていただいた。あとで思ったこともいろいろあるので、ブログでも。

 まず、競技であるコンクール上演と、競技ではないフェスティバル上演の両方の機会があることが、演劇をやっている高校生にとってとても贅沢で素敵なことだと改めて思った。理由はいくつもある。演じる機会が一回でも多い方がいいから。時間を置いて上演するために、その芝居に向き合い直すという稽古がとても大事だから。あるいは、全く違う芝居に取り組むチャンスにもなるから。大劇場と小劇場の両方で演じてみると、その違いはとても面白いから。観客を迎えるという経験が大会とは違う経験だから。

 では、上演された作品について。講評ではなく、感想です。


山梨県立甲府南高等学校『歩き続けてときどき止まる』
作:中村勉
演出:山岸優希 石原尚子

 この作品が観たくて、山梨行きを決めた。見応え十分。中村勉ワールド全開。
 「思考」について考える。歩きながらなにかを考えていると、考えはつながっているけれど論理的な思考とはちょっと違う。しりとりしているみたいに、イメージがころがっていく。ときどき途切れたり、飛んだり。そんな感じでシーンが流れていく。コミュ障の相談の中で、「会話は続けば中身なんかどうでもいい」という話が出てくる。本当にそう思っているようでもあり、ちっともそうは考えていないようもでもある。淡々と続いていく会話は逆説的にも響き、観客は迷路を進むようにゆっくり手探りで歩んでいく。低体温の、決して熱くならない高校生たち。つながって、ころがって、さらさら流れていく時間。語る「わたし」も、ころがって、変わっていく。芝居も、芝居の中の彼らも、まさに歩き続けている。
 私はたゆたうような、構成を感じさせない流れるような構成のこの芝居が好きなのだけれど、三好達治の詩以外に、もう1本なにかしら補線を引いてあげたら、そのたゆたいを楽しめる観客の数が増えるだろうか?



山梨県北杜市立甲陵高等学校『ナイゲン』
作:冨坂友(アガリスクエンターテイメント)
潤色:入山実と甲陵高校演劇部
演出:波多野伶奈

 開演直前に当パンフレットを開いて、あれ、アガリスクエンターテインメントってどこで聞いたんだっけ・・・と、気になりつつ、幕間トークのときにはわからなかった。勉強不足を恥じる。
 なので、「元々の作品では、大人が高校生を演じていた」ことを知らずに、観劇の最中には『七人の部長』や『生徒総会』と比べていた。本当は、その比較は間違っているのだと思う。

 潤色作品を講評するとき、本当はどんなエッセンスを抽出したかを判断の基準にしたい。だが、元の戯曲に触れたことがない場合は、目の前で繰り広げられている世界でしか判断できない。そして、あらゆる芝居に精通していることなんか不可能なのだから、結局、今ここで観ている芝居についてしか論じられない。その限界と矛盾。「等身大高校生の青春もの」として高校生が演じる芝居と、大人が敢えて「高校生を演じる」芝居は違うはずなのだが。

 今回の『ナイゲン』は、高校生が高校生役を演じている。元の戯曲にあったはずのもっとねじ曲がった部分や、大人が演じることによってカリカチュアされたはずの部分が、すなおに、きれいになってしまったのではないだろうか。しかし、それは私の想像でしかない。文化祭をクローズではなくオープンで行うために、学校から(体制側)から押しつけられた条件をのむか、のまないかというストーリーは、エンタメ志向の大人が演じたときにどの程度重要だったのだろうか? トークでも話した、「ここで描かれている高校生の恋愛はリアルではないのでは?」という私の違和感は、大人目線の脚本だからだったのか?

 いずれ、私のこんな考えすぎの感想や、そもそもの戯曲の意図など超えたところで、高校生パワーが爆発することが上演の成功の鍵だと思う。スクエアに会議机で囲んだ会議のしつらえがぶっ飛ぶくらい、もっと熱く、もっと騒がしく、すべてを笑い飛ばすパワーでまた上演して欲しい。
 


都立世田谷総合高校『生徒指導‘17』
作:せたそー演劇部+岡崎恵介

 カーンと終わった。40分、あっという間の面白さ。年齢の違わない高校生が教員も高校生も演じることによって、人間のみにくい部分やだめな部分は同じなんだ感がぐっと強まる。舞台美術の散らかった紙のような、ストレスが積み重なった日常。それでも踊る。それでも生きる。
 大人の描きかたはまだまだ甘いのか。もっとドロドロした人間関係が欲しくなる。(そんなドロドロ好きではないのだけれど、この芝居では、そこがもっと観たくなる)いわゆる教育的ではない展開。もっとやれ、どんどんやれ、と、思う。
 ちなみに、2016年12月の東北大会では、小名浜高校の『遭難、』(作・本谷有希子 潤色・安井宏)の上演があった。高校演劇の世界、皆が思っている以上に挑戦的だ。



山梨県立甲府南高等学校『二万年の休暇、その終わり』
作:中村勉
演出:田中里歩
 
 改めて、いい作品だなぁ。夏休みは、始まる前から終わりを感じさせる。あんなに長かったはずなのに、必ず、夏の終わりが待っている。人生みたいだなぁ。
 「さよなら、また会お」の歌、今も私の中でリフレインされている。

 
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 半日で4本。リップサービスなしでどれも面白く、とてつもなく充実した小劇場祭であった。3月は、全国各地で演劇部自主公演やフェスティバルが行われている。同日(前日も)、青森の渡辺源四郎商店2回稽古場で「中学生・高校生のための高校演劇見本市Ⅳ」が開催されていて、青森中央高校演劇部による『マナちゃんの真夜中の約束・イン・ブルー』(作:中村勉)も上演されていた。北海道北見では、新井繁先生の演劇集団玉葱倶楽部第9回公演「千里だって走っちゃう」も上演されていた。体がいくつあっても足りない。
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# by nabegen-usagian | 2017-03-29 16:12 | THEATRE

劇作家・うさぎ庵主宰・渡辺源四郎商店ドラマターグ工藤千夏のブログです。


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